淀川 1978/3/14
貨物駅に電車区が併設されており、電車区には大阪環状線及び片町線用の101系が配置されていました。
貨物列車は城東貨物線から巽信号場経由で当駅に至り、電車は、片町線に対しては同様に巽信号場経由で、大阪環状線に対しては京橋駅で接続していました。
今となってはここに貨物駅や電車区があったことなど忘れ去られてしまったのではないでしょうか。
京橋方からです。
7~10番線あたりです。
規模の大きいトラバーサーです。
これは1977年3月14日撮影です。
1992年3月28日撮影です。
線路はきれいに撤去されてしまっています。
やや右側の築堤上に黄色いモーターカーが見えますが、これが京橋駅につながる線路でした。
左にカーブしていくと巽信号場です。
1992年5月10日撮影です。京橋駅の大阪方です。
上の写真の黄色いモーターカーが見えます。
手前のガーダー橋に淀川電車区への入出庫のための渡り線の痕跡があることがわかります。









貴重な101系の写真をありがとうございます。片町線には、関西地方では唯一101系冷房車が在籍していた路線でしたね。
次は、関東地方で101系冷房車がいた南武線をお願いします。
川崎、矢向、中原電車区などの当時の写真があれば、一度見てみたいですね。
投稿: Na9 | 2008年8月31日 (日) 08時41分
コメントありがとうございます。
南武線については以前もリクエスト(?)をいただいたのですが、申し訳ありませんが乗った記憶すらありません。
仮にあったとしても線路ばっかりの写真ような気が・・・・
投稿: f54560zg | 2008年8月31日 (日) 16時52分
このあたりの路線図、線路図は複雑怪奇でしたよね~。
昨年、旧東海道を歩いたときに、京橋駅手前で往時の路線図モニュメントがありました・・・
投稿: LUN | 2008年9月 1日 (月) 13時31分
そうなんです、このあたりは複雑に線路が絡み合っていたんです。
それにしても旧東海道を歩くとは・・・・スゴイ!
投稿: f54560zg | 2008年9月 1日 (月) 23時04分
超地元なので少し記してみたくなる。関西電化の発祥の地、城東線(現環状線)と片町線を受け持った基地なのだが、貨物駅と大阪市電の都島区の狭間にあった。一般に古い貨物駅は、隅田川・梅田・笹島等々掘り割りを通じて艀につなげていく構造をもっており、同淀川もかつての淀川(大川)を通じて市内へと通じていた。この片隅に旧型車や環状線用の101系が休んでいたというわけである。全般検査時には貨物線を通じて吹田に送られていて立地的は問題がなかったのだが、・・・今や大きなマンションや病院となっているようだ。
投稿: SY | 2008年12月 6日 (土) 21時35分
淀川あたりはSYさんの超地元ですか。解説ありがとうございます。
淀川のような支線の行き止まり古い貨物駅は非効率ゆえ早い時期に廃止されてしまいましたね。
そう考えるとせっかく作った大阪貨(タ)も支線の行き止まりなので先行き怪しいような・・・・。
投稿: f54560zg | 2008年12月 7日 (日) 16時28分