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2008年7月20日 (日)

宮津 1979/8/26

網野-(904D「丹後8号」)→宮津10:26着/11:18発-(334D)→西舞鶴

19790826

西舞鶴方から分岐する臨港線が特徴です。
この時点ではすでに使用されていなかったようですが。

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西舞鶴方からです。
列車は11D「あさしお1号」、京都発宮津線経由城崎行きです。

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西舞鶴方からです。
手前右に分岐しているのが臨港線です。

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右が西舞鶴方、左が臨港線です。

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臨港線は海のほうに進んでいきます・・・・当たり前か・・・。

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左が宮津駅方です。

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上の写真の右側の線路の先です。
線路は土に埋もれてしまっています。

19790826b7
わかりづらいですが、舗装と雑草の境目に線路があります。

19790826b8
こんな感じです。

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コメント

個人的によく知っている町です。まさかこんなところに臨港線の線路があったとは知りませんでした。移動機も居たんですね。貴重な記録有り難うございました。

コメントありがとうございます。
昔は港と線路はかなり密接な関係がありましたね。私が各地を訪れた頃は、すでにほとんどが現役を退いていましたがかろうじて姿はまだとどめていました。

宮津駅にこんな臨港線があったなんて!
軍港じゃないからノーチェックでした。

毎夜の更新いつも楽しみにしております。

この宮津駅に限った事ではないのですが
場内、出発信号機が3灯式でも実際の現示は
R/YもしくはR/Gですが国鉄時代は2灯式という
のは存在しなかったのでしょうか?

LUNさんは自衛隊とか米軍とか、「軍」がらみの側線がお得意ですよね?

natsuさん、実際には2灯しか使用しないのになぜ3灯の信号機を使っていたのかはナゾですね。標準化でしょうか。
国鉄時代(1979年頃)でとりあえずすぐに思いつく範囲では、
・蓮町の上り貨物線の出発信号機
・高岡の氷見線出発信号機
が2灯でしたが、いずれもメジャーな路線ではありません。
2002年に黒磯の下り場内信号機の副本線側のみが2灯であることを確認しましたが、これはJR化後の改修でしょうか(見た目、新しそうでしたので)。

ありがとうございます。
国鉄時代にも少なからず存在していたんですね。
点灯しない球があるのもなぜか勿体無いような・・

 おはようございます、奥野君です。
 宮津駅に行ってきました。場所はわかりづらかったですが、怪しげな駅ですね。次は宮津港駅です。
 ではでは。

 おはようございます、またまた奥野君です。
 さすがに線路は見つけられませんでしたが、雰囲気は「懐かしい駅の風景」そのままでしたです。根性を入れたら線路も見つかりそうな(笑)。
 ではでは。

 宮津の臨港線こじんまり纏まってて良い感じですねえ 嘗ては小さな港にも小規模な臨港線が結構有ったと言われてます 東京の近所では横須賀長浦の臨港線 久里浜の臨港線等が有りました

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