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2008年7月16日 (水)

丹後山田 1979/8/24

天橋立-(331D)→丹後山田11:32着/12:52発-(336D)→西舞鶴

丹後山田は現在では「野田川」に改称されました・・・っと、それよりも宮津線自体北近畿タンゴ鉄道に移管されてしまいましたね。

19790824

加悦鉄道線が接続しており、配線図左上の線路はニッケル精錬所に至る加悦鉄道の貨物専用線でした。

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左が宮津線・西舞鶴方です。
中央は精錬所への専用線です。

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西舞鶴方です。

0303dh000020
西舞鶴方からです。

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西舞鶴方からです。

050819790824c9
西舞鶴方からです。
加悦鉄道のホームです。

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豊岡方からです。

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加悦方です。
別府鉄道の土山駅と同じく、場内信号機は設けられていますが出発信号機は設けられていません。
しかも場内信号機のてこは雨ざらし状態です。
キハ10(?)は加悦鉄道が国鉄から購入したものでしょうか。

0821dh000011
加悦方からです。

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加悦方です。右へカーブしているのが宮津線・豊岡方です。

1042dh000017
これは何か境界を示す標識でしょうか。

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加悦鉄道の列車です。別府鉄道と同ランクです。
車端の荷台(?)はちゃんと利用されているようですね。

124119790824c14
336Dの車内からです。丹後山田を出ると精錬所への専用線は宮津線をまたいでいました。

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コメント

これまた貴重です。まだ貨物輸送が健在の頃の加悦鉄道とは!精錬所までの貨物専用線を岩滝線と呼んでいたみたいですよ。

LUNさんの記事の「加悦線/岩滝線」の標識の写真と私の標識の写真とでは書体が違いますね。別モノ?

 多分ですが加悦線岩滝線標識ですが此の標識は資産分界点を表す為に植て有る物と思います
 私も磯子駅で三社線日新製油線の境に植えて有るのを見かけました

 NEKOパブリシング最新刊RMライブラリィー181号加悦鉄道(下)P44加悦鉄道停車場平面図1945年頃に丹後山田停車場平面図も有り当時丹後山田の加悦寄りに5線の授受ヤードが存在していました今では考えられない事ですが当時加悦の奥に大江山のニッケル鉱山が有り貨物輸送が盛んであったと云う事でしょうか意外でした

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» 線路巡礼:加悦鉄道加悦駅、丹後山田駅(畑の中のレールさん、今はどうなっているのでしょう?) [線路巡礼(LUNの歴史を記録します)]
加悦鉄道加悦駅。 1985年4月21日に巡礼しました。 国鉄貨物合理化の煽りを受けて、この月末に廃止が決まっていたのです。 わざわざ昨晩、加悦駅前の旅館に泊まっていたのです。 でも、鉄道の時刻改正を失念してしまい、肝心の加悦駅をじっくり見学することができませんでした(泣) 当日早朝、加悦鉄道周辺は、ものすごい霧でした。 当時から加悦駅の構内は、加悦SL広場として有名でした。 洋館のような加悦駅舎も妙に立派です。 でも、私が興味があるのはSL広場ではなくて、駅構内か..... [続きを読む]

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