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2008年5月15日 (木)

ちょっとひと休み

これがちょうど100件目の記事です。ちょっとここでひと休みです。
ふだんの記事では書けないことを書いてみましょう。

●どのへんまで行ったことがあるの?
北海道はありません。四国もありません。九州も2000年以降しかありません。つまり、本州だけです。しかも、西は兵庫・鳥取止まりです。これ以外を期待されている方がいらっしゃいましたら、ゴメンナサイ、いつまで待っても出てきません。

●どんな旅をしていたの?
基本的に周遊券でした。(今でも周遊券ってあるんでしょうか?)
周遊券の場合、1週間から10日間ぐらい、周遊区間内なら乗り放題で、急行も自由席なら利用可能でした。当時は夜行急行もいっぱいありましたので、これを使って夜を明かすことも多かったです。
たとえば、
・東北ワイド周遊券の場合、
会津若松23:32発-4218M「ばんだい12号」-郡山0:39着/0:55発-6403レ「おが3号」→山形3:37着
・北陸ワイド周遊券の場合
富山22:40発-506M「立山6号」→敦賀1:58着/2:22発-505M「立山5号」→富山5:50着
その他、北近畿ワイド周遊券なら827レ「山陰」、南近畿ワイド周遊券なら921レ「はやたま」といった具合でした。
YH(ユースホステル)もよく利用しました。
要するに貧乏だったのです。
(そのため写真も白黒なのですが、今は白黒をプリントするほうが高いんですね。失敗したァ~。)

●線路配線はどうやって調べるの?
これは秘密ということにしておきましょう。ただ言えることは、基本は自分の目でみることと、「当時はまだユルかった」ということでしょうか。
それと、残念ながら紛失してしまったものが結構あるんです。
青森・秋田・平・富山・金沢・鷹取など、なんと約50か所もの配線図が行方不明なのです。う~~~どこへ行ったァ~?

●ところでこのブログはいつまで続くの?
見ての通り、このブログは古い記録を少しづつ小出しにしているだけです。
その日その日の出来事を記事にしているわけではありません。
要するに、記事のネタには限りがあるわけで、すべてのネタを出し切ったらこのブログは終了するわけです。極端な話、一気に記事にすれば明日にでもオシマイになるかもしれません。
まあ、それは極端だとしても、いずれはネタが尽きます。今まで99の駅等を紹介してきましたが、あと一体いくつ残っているのでしょう?
私にもわからないのですが、それまで末永く見ていただければうれしいな、と思います。

今後ともよろしくお願いします。

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コメント

期待して次回を待ちます。個人的には、宇都宮の配線図がみたいです。しかも、特急全盛時代のです。
 当時東北本線はひっきりなしに特急列車が走っていました。普通列車なんて片隅に追いやられ、あっちこっちで退避していたように感じます。

ゴメンナサイ、宇都宮は記録がないのです。関東近辺は「いつでも行ける」と思っているうちに結局いけなかったところがほとんどでした。
新幹線ができる前の東北線にはそこらじゅうの駅に待避設備がありましたが、今ではかなりの駅で設備が撤去されてしまいましたね。

わア、このページを拝見してと声を上げました。今までつい配線図面のある頁に目が走っていたのです。確かかつての風景と配線に無限の惜しみない愛情と努力が注ぎ込まれているのは感じておりましたが、ここまでとは、と思い直しました。勝手な要求など口にしてはならないし、一定の整理された資料を当方としては味わい、現場に住まわれる方などの知識をもって吟味されたものを受けたまるべきだと思い改めさせられました。自己の未熟さを痛感させられました。ところで、宇都宮駅は重要にもかかわらず段落ち駅の悲哀は確かにあると思います。小山電車区が設置された時くらいか。大きな扇形庫が・・・

SYさんを含め、皆さんそれぞれ自分の趣味にはこだわりをお持ちかと思います。私の場合は鉄道趣味の中でも少しばかり「異端児」であり、余り興味の対象とされる方が少ないだけのことだと思います。
1980年頃の宇都宮は80両もの電機を抱える一大基地でしたが今や見る影もなくなってしまいましたね。

 チョット一休みに 私は子供の頃から品鶴線や大崎支線の線路端で通過する貨物列車を飽きず見て居ました PC購入後初めて此のサイトを見つける切っ掛けになったのは 小田操車場で検索していた時でした抑々小田操車場等と云うマイナーなものがネット上に存在するのかと 操車場と言っても小じんまりしたもので普通の貨物駅から荷扱い設備を省いた程度の操車場 果たしてそんなのがヒットするのか 決果此方のサイトに辿り着きました まさかあの小田操車場の配線図が有ったとは 40年位前未だ小田操車場が有った頃たまたま鶴見線や浜川崎線の17m国電乗りまくり及び弁天橋電車区見学等した帰り尻手経由で帰ろうと浜川崎線電車乗車の折 川崎新町で脇にEF10かEF13が貨物列車を引いて停車してました機関車だけ写真に写しました 後日再び行こうと思ったが御承知の如く消えて仕舞いました どんな配線だったのか随分長い間悩んでました偶然此のサイトで初めて完全な姿が解り漸く納得しました 他の駅や操車場が有るのか貴下のホームページを開けてビッツクリ感動して仕舞い 以来嵌ってしまいました 私は事鉄道に関する限りオタクでしょうね

いつも楽しく拝見しております。身延線の掲載予定はありませんか?できましたらお願いしたいです。

yyoshikawaさん、十分なオタクです(笑)。子供の頃の私の守備範囲は常磐線沿線だったもので、残念ながら小田操車場は実見しておらず実態がよくわからないのですが、「操車場」という言葉から連想されるイメージとはちょっと違う印象を受けました。
kusuさん、今のところ身延線は予定にはありません、ゴメンナサイです(汗)。

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