寺前 1979/8/29
浜坂-(612D「但馬2号」)→寺前8:39着/9:35発-(629レ)→新井
612Dはキハ282344、629レはオハ472075に乗車しました。
ごく一般的な配線の駅ですが、姫路からの普通列車の約半分は寺前折り返しとなっており、そのためでしょうか、下り本線にも上り出発信号機が設けられています。
当時の播但線は普通列車の約6割が客車列車という客車天国でした。
姫路方です。
3番線の列車は9:15発の632レ寺前始発姫路行きです。
その隣の50系は、おそらく12:04発の634レ姫路行きになるものと思われます。
和田山方からです。50系客車への置き換えが進んでおり、両数的にはすでに50系が過半数を超えていました。
このような小さな駅に機関車が連結された客車編成が2本も並んでいるのはちょっと違和感があります。
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毎夜の更新をいつも楽しみにしております。
2番線の入進出はどのように行われていた
のでしょうか?配線図を見た限りでは通常は
使用されないような気がするのですが・・・
係員による入換扱いで行われてたような・・・?
自分の勝手な妄想で申し訳ありません。
投稿: natsu | 2008年5月24日 (土) 21時52分
コメントありがとうございます。
(ブログの内容が内容だけになかなかコメントをいただけないんですよね~。皆さん、もっとコメント下さい~~。)
「2番線」ですか?「2番線」は上り本線ですから和田山方の場内信号機4Lで進入し、姫路方の出発信号機2Lで進出します。
多分違いますよね?
50系が止まっている「4番線」のことでしょうか?
「4番線」は側線ですから列車が直接発着することはできません。姫路方から場内信号機2Rで1番線もしくは3Rで3番線に到着した列車を係員の誘導による入換で進入させます。出発時は同様に入換で2番線もしくは3番線に転線させた後出発信号機2Lもしくは3Lで出発します。
全く「妄想」ではありませんよ。
投稿: f54560zg | 2008年5月25日 (日) 14時53分
こんばんは、お返事ありがとうございます。
>>多分違いますよね?
合ってます、すみません(^^
場内信号機4L=2RTの進路 同5L=5LTの
進路と解釈してました。
なぜかと言いますとウィキペディアに1番線は
一線スルーとして使用と記述されてるからです
(当然ながら訪問された時と現在とではかなり
変更されてるのでしょうが)
>>姫路方の出発信号機2Lで進出します。
ダンプが踏切を横断してるむこうの信号機ですね。配置からして私にはそれぞれ2L=5LTの出発,
3L=4番線の出発と思ってました。
生半可にウィキペディアの記事を見たので
余計に頭が混乱しておりました。
モヤモヤが解けてスッキリしました。
どうもありがとうございます。
投稿: natsu | 2008年5月26日 (月) 01時08分
そうですよね~、本当は連動図表の「表」のほうがないと正確な進路は判断できないのですが、4LTは4Lの進路でしょうし、和田山方の転てつ器13、14の定位が4LT側ですので、この時代は一線スルーではなかったようです。
Wiki見ました。ずいぶん変わってしまったようですが(当たり前)、跨線橋は昔のままのようですし、砕石の積み込み用のやぐら(?)は残っていますね。
投稿: f54560zg | 2008年5月26日 (月) 21時20分
おはようございます、又現れた奥野君です。
私ブログにコメントありがとうございます〜〜
でしつこくも今度は寺前〜〜 まだ砂利積み込み施設は現役でしたが、赤い電車には似合わないですね。
次は飾磨港線かな(笑)
ではでは。
投稿: 奥野君 | 2012年10月19日 (金) 10時05分