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2008年5月18日 (日)

浜坂 1979/8/28

浜坂9:13発-(513D「美保」)→鳥取

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基本的にはごくありふれた単線区間の駅の配線ですが、始発・終着列車が設定されている関係でしょうか、2番線(下り本線)から京都方に出発できるようになっていることと、転車台があることが特徴です。

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京都方です。

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京都方からです。

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京都方からです。

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幡生方です。

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右に小さく見えるのは18D「あさしお2号」米子発京都行きです。
・・・あれ??? 転車台が???

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残念ながら転車台は埋められてしまっていました。

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コメント

【餘部鉄橋】
残すところ僅かな時間で列車が通らなくなるようですね。
初めて餘部鉄橋を通過したのは真夜中で、大阪から出雲市迄の 夜行だいせん オハネ20の車内でした。
橋上から日本海側を見下ろせたのは帰路の 特急まつかぜ キハ80の車内からで、それまでの鉄道入門書などから得ていた知識を上回る情景に感嘆したのを覚えています。
更に、鉄橋を渡りきってからの隧道には海側へ切り通しがあり、鉄橋からの風景と共に非常に印象的でした。
高架化や新線への切り替わりで、今までの鉄路の上の空間へ行けなくなるのは、一抹の淋しさを覚えずにいられません。

また、本項の浜坂駅ですが、煉瓦製給水塔が残っており、季節によってはレンガ色から緑色に姿を変化させ、構内で異彩を放っています。

いずれにしても歴史深い現行の餘部鉄橋は、16日の夜、鳥取行き はまかぜ5号の通過をもって、多くの人々が渡って行った、人生への橋渡しの役目を終えるようです…。

餘部鉄橋は1979年夏、「北近畿ワイド」の期間中に4往復程度通過しているはずなのですが、スミマセン、ほとんど記憶がありません(夜行「山陰」が多かったのも事実ですが)。
列車からではなく、下から見上げていればもうちょっと記憶に焼きついたのかもしれません。

 もう既にブロック単位で東側からの解体が始まっているとか。今の、重機の力、恐るべしです。
 思うに建設上一番難所であった箇所で、両端は木材で支保工(適切な表現でないかもしれません)を組み、多分本体の中心部分は鉄骨でくみ上げ、橋梁を架けたと思っています。
 冬場塩を含んだ北西風にも耐えうる努力をなさった現場の保守の尽力や如何と正直思えます。
 少し南の山襞をぬえば小さな橋梁で済まし得た、地図上思えますが、隧道建設を過重に行わなければならず、で当時の判断を今は尊重すべきなんでしょう。
 時間の試練に風化もしないで、孤高を通し得たのが同橋梁と胸を張って言えると自身は思っております。
 

あれだけの鉄橋を建設する技術もすごいと思いますが、またこれを架け替えるという技術もスゴイ・・・。


 こんばんは、またまた奥野君です。
 お忙しい中コメントのお返事ありがとうございます。こちらこそ今年は楽しいリンクをさせていただきありがとうございました。来年もちょこちょこお邪魔すると思いますが,よろしくお願いいたします。
 ではでは、よいお年を〜〜(浜坂駅のコメントになってませんね(笑)、なんか鉄道資料室とかいうお部屋が出来ていたので,いつか再訪問したいな。ブログの配線図の写真は駅に貼ってあったものです)。

奥野君さん、貴ブログにコメントさせていただきました。

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