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2008年5月13日 (火)

東岩瀬 1979/10/5

競輪場前-(徒歩)→東岩瀬-(バス)→下奥井

19791005_3

列車交換ができそうな気もしますが、脱線転てつ器があるので上り1番線は本線ではなさそうです。ホームの配置も不可解です。ナゾが多いのも買収線区の魅力でしょうか。

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富山方です。正面に見えるのは大広田駅です(大広田~東岩瀬間は500m)。

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・分岐器はあるのですが出発信号機が見当たりません。
 (1番目の写真で先の方に見える信号機は大広田(蓮町)駅の場内信号機です。)
 転てつ器の鎖錠はどうなっているの?
・上り1番線に何で架線がはってあるの?
 電車が進入するの?
・左側の使用されていないホームは何?
 何で本線の両側にホームがあるの?
 もともとは島式ホーム1本だけだったとか?

などと、不思議なところがいっぱいです。
誰か教えて!

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岩瀬浜方です。右に分かれていくのはどこの専用線でしょうか。

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岩瀬浜方からです。

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コメント

東岩瀬駅に謎のホームがあったので気になっていたのですが、本当にホームとして使われていたんですね。しかし、何の為のホームだったのか謎ですね。

おびとけさん、TB、間違っちゃってすみません。
意味のわからないホームの残骸が残っていたのにはオドロキでした。

遅いコメントで失礼。大阪環状線を調べていたら出会いました。当方、古いレールのホーム上屋を記録しております。

 戦後、東岩瀬に小学校から高校まで住んでいました。疑問点にお答えします。

 1 本線の東側に待避線があり、両線とも西側に単式ホームを持つ2面2線です。貨車の留置や電車の行き違いが行なわれていた。2枚目の島式ホームの斜路を降りて線路を横切って本線のホームへ上がります。

 2 4枚めの右へ行く専用線は、日本曹達岩瀬工場(現、太平洋ランダム)への引込線です。

 懐かしい写真を有難う。

TAKATAKATAKAさん、コメントありがとうございます。
なるほど、昔は交換設備があったわけですね。架線が張ってあるのもその名残なのでしょうか。
島式ホーム1本だけでもよさそうなものですが、工場地帯でもあり当時はそれなりに乗降客が多く、1本だけではさばききれなかったのかもしれませんね。

先日岩瀬小学校の同窓会(今回は傘寿で最終回)で久しぶりに東岩瀬駅を見てきました。富山港線の中で残っているただ一つの駅でこのページへも思い出してはよく来ます。お願いですが現存する東岩瀬駅の内部にここで紹介されている富山港線、特に岩瀬を中心に昔の写真を何らかの形で(パネル等)にして地元の方々に見ていただけるようにしたいのですが如何でしょうか。老人の多い、過疎の町ですが懐かしく見ていただけるように思います。
 著作権の問題などもあると思いますのでメールアドレスへご連絡いただければと思います。よろしくお願いいたします。

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