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2008年4月16日 (水)

中津川 1979/12/28

高蔵寺-(3735M)→中津川12:34着/13:59発-(833M)→松本

3735Mはクハ111-2131、833Mはモハ80806に乗車しました。

Photo

電化前まではD51が配置されていた中津川機関区が設けられていますが、営業用車の配属はなくなってしまっていました。
また、かつては北恵那鉄道線が接続しており、配線図の一番下の下り12番線あたりがその名残と思われます。
短区間とは思われますが、名古屋方が一部単線になっています。

19791228nakatsugawa01
名古屋方からです。上り14番線付近です。

19791228nakatsugawa02
名古屋方からです。

19791228nakatsugawa03
名古屋方からです。

19791228nakatsugawa04
名古屋方です。

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コメント

昭和39年10月改正のダイヤを調べたところ、当時SL牽引だった中央西線に、補助機関車の運転中解放を行う地点が、次の2箇所にあることがわかりました。
 中津川ー落合川間 「三五川」
 多治見ー土岐津(当時)間 「虎渓」
です。このことについて、ブログ「鉄道資料箱」にまとめた記事を載せましたので、ご高覧いただければ幸いです。

さて、中津川駅には名古屋方に一部単線区間があることが指摘されています。私が、上記ブログの記事を書くときに参照した線路図(このブログの線路図より新しいと考えられる)でも、単線区間が残っていることがわかります。
単線区間の正体は、Googleマップなどを見ると、中津川(川の名前)に架かる橋梁の部分だと思われます。現在では、橋梁をもう1本建設し、単線区間は解消されているようです。
このブログの右下に「駒場」という信号場のようなものが書かれています。これを、昭和55年10月1日改正の2分目ダイヤ(名古屋鉄道管理局 調製)で見ても、見あたりません。どうも、中津川駅構内の地点名称だったのではないでしょうか。
ところで、中津川駅(駒場)の下り場内信号機は「201」となっていますが、すぐ内方の軌道回路は「207T」で「201T」ではありません。第2場内の「202A〜D」に対しては下本、下1が「202AT、BT」となっていて、信号機と軌道回路の名称が一致しています。「207T」が怪しいかんじがしますね。

NZさん
中央西線での走行中の補機解放、貴重な情報ありがとうございます。
走行中の補機解放と言えばセノハチ、古くは燕の御殿場・関ケ原ぐらいしか知りませんでしたのでちょっと衝撃です。
御殿場や関ケ原での補機解放後の閉そくはどうなっていたのでしょう。

管理人様皆様こんばんは。
NZ様
父親の出身が木曽の原野で馴染み深い路線なので、とても興味深く拝読致しました。
通票鎖錠装置付き転轍機ならぬ、通票閉塞機鎖錠装置ですか。初見の装置ですが、単純で合理的、且つ保安も担保される考えられた仕組みだなと思いました。

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