苫小牧のオイル着発線
今回は苫小牧の操車場の岩見沢寄りにあったオイル着発線にまつわるお話です。
まず最初に貨物時刻表を見てみます。
1986年の貨物時刻表の室蘭本線下り札幌貨タ方面のページです。
(必要な部分のみ抜粋しています。以下同様です。)
・「苫小牧」の名が付く停車場は1つだけです。キロ程は旅客駅のものではなく操車場のものですので、この「苫小牧」は操車場のことを指しています。
一方下り岩見沢方面のページはこのようになっています。
・こちらには「苫小牧(操)」と「苫小牧」の2つが掲載されています。
・「苫小牧」の方にはキロ程が記載されていませんが、位置関係からしてこれはオイル着発線のことを指していると思われます。
・8363列車は先の札幌貨タ方面のページでは苫小牧操車場20:54始発のように書かれていましたが、このページではオイル着発線20:54始発となっていて食い違いがあります。オイル着発線始発のほうが正しいと思います。
余談になりますが、別のページにはこんな記載もあります。
・これは小運転列車が掲載されたページです。
・ここでの「苫小牧」はオイル着発線ではなく、旅客駅の苫小牧駅のことですね。ややこしい。
・この小運転列車はおそらく日高本線を走っていたのだと思います。
次に1988年の貨物時刻表の室蘭本線下り札幌貨タ方面のページです。
・ここでは苫(本)、苫(貨)、苫(才)の3つが記載されています。 「オ」ではなく「才」です(笑)。
・苫(貨)~苫(才)間の実キロは1.5kmくらいありますが、苫(才)の営業キロ程は苫(貨)と同じです。
岩見沢方面のページです。
・苫(貨)と苫(オ)です。こちらは「才」ではなく「オ」ですね。
小運転列車のページです。
・苫小牧(本)と苫小牧(貸)になっています。「貨」ではなく「貸」です(笑)。
参考までに1988年の貨物時刻表と鉄道ダイヤ情報1988年12月号から、オイル着発線に発着する貨物列車と機関車運用についてダイヤを作成すると以下のようになります。
以上のように時刻表にはオイル着発線を始発として旭川や帯広などへ向かう石油列車が掲載されています。これを見れば、苫小牧開発線からやってきた石油タキを操車場まで持って行かずにその手前で折り返して内陸部に向けて出発させる、ということがオイル着発線を設けた理由であろうことは容易に想像できます。返空についても同様です。
そうであれば、オイル着発線が現役時代は岩見沢寄りに室蘭本線と接続する渡り線が設けられていたハズです。
多分こんな感じで。
(新苫小牧駅の配線は鉄道ピクトリアル1970年7月号を参考にしています。)
長万部方での室蘭本線との接続は操車場の岩見沢寄りの渡り線で行われていたと思われます。
そんなオイル着発線ですが、その活躍は12年と短命でした。それでも線路は現在も残っています。
(Googleマップです)
オイル着発線よりも後に廃止された苫小牧港開発線の新苫小牧駅がきれいになくなってしまったのに比べると、いまだに残るオイル着発線の線路には短命だったことに対する怨念のようなものを感じます。
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